貸し主が原状回復義務のトラブルを避けるためには?

テナントが退去するとき、トラブルになりやすいのが「原状回復」です。あくまでも事業用の物件なので、住居用のルールとは異なってくるでしょう。どのように対応すればトラブルを避けられるのか紹介します。

原状回復義務とはなにか

まずは、原状回復の定義と義務の範囲を事業用と住居用で比較しましょう。

入居者が退去する際に契約前の状態に戻す義務

原状回復とは、その名のとおり、物件を借りる前の状態に戻すことです。その義務は基本的に借主にありますが、事業用と住居用では義務の範囲が異なります。

住居用は、借主の故意による傷や汚れであれば、借主側が費用を負担しなければいけません。ただし、普通に暮らしている間にできた傷や汚れ、経年劣化については貸主側が負担するのが原則です。

こうした住居用物件の原状回復については、国土交通省でガイドラインが定められています。たとえ賃貸借契約書で記載があっても、それがガイドラインから大きく外れるようであれば、裁判になったとき貸主は対抗できません。

一方、事業用の物件は、特約を上手く使うことによって借主に原状回復を負担してもらうことが可能です。国土交通省のガイドラインは、あくまでも住居用物件向けなので対象外です。

理由は3つあります。まず、事業用の物件は借主が目的に応じて内装を施したり、設備を導入したりしているからです。次の借主が同じ目的で借りるとは限らず、その場合は既存の内装や設備が邪魔になってしまいます。

そのため、事業用の物件で原状回復するときは、まだ使える内装や設備であっても、貸主の了解が無ければ、すべて撤去する義務があります。場所によっては、「スケルトン」といって、コンクリートが剥き出しで、配管も配線も丸見えの状態にしなければいけないところもあるのです。

「居抜き」という物件もあります。居抜きとは前の借主が残した内装や設備を、そのまま次の借主が使う方法のことです。新たな借主にとっては初期投資を抑えて開業できますし、貸主にとっては、すぐに同業の借主を見つけやすいのがメリットです。

その代わり、次に入れるテナントが限定されるというデメリットもあります。そのため、100%の原状回復を要求する貸主がほとんどです。

次に、原状回復にかかる費用をあらかじめ算出できない点があります。

住居用の物件であれば、通常の使用でどれくらいの傷や汚れ、経年劣化が発生し、原状回復にどれくらいの費用がかかるのか、予測するのは難しくありません。そのため家賃の中に原状回復でかかる費用を含めて、備えることができます。

けれども、事業用の物件は借主によって使い方がまちまちなので、あらかじめ原状回復の費用を予測するのは不可能です。家賃の中に原状回復でかかる費用を含めても、それで賄えるとは限りません。そのため、退去時に借主が100%負担するようにしています。

よくある原状回復の例

原状回復では、借主による内装や設備をすべて撤去します。壁紙やカーペット、配線や据え付けの家具、器具類も残さず撤去しなければいけません。

撤去後の壁や床、天井に傷や汚れが残るようであれば、借主側に修繕やクリーニングの義務があります。原状回復できたか判断するのは貸主です。

原状回復に携わる業者を指定する貸主も少なくありません。借主側で自由に指定できると、原状回復の基準を満たせず、物件の価値が下がる恐れがあるからです。

もちろん、借りる前から存在する設備や共用部については、借主側に過失が無ければ貸主側が負担して原状回復します。たとえば空調や廊下、給湯室、エレベーターなどです。

窓に傷や亀裂があっても、それが借主の過失ではなく、気温差や飛来物、災害などによるものであれば、貸主の負担となります。

看板は、借主が独自に設置したものであれば、当然、借主に撤去する義務があります。貸主側から設置するよう指示されたり、規格や場所が決められていたりするなら、貸主の費用負担になるかもしれません。

貸し主の義務となる範囲はどこからどこまで?

ここまで説明したとおり、貸し主が原状回復するのは、あくまでも貸す前から存在していた設備に限られます。借主(テナント)が新たに追加したものは対象外です。

もっとも、これは原則であり、確実に借主に原状回復してもらうには契約書に特約事項として明記しなければいけません。そうでなければ、解釈の違いが生じたときトラブルに発展しますし、裁判になると対抗できません。

国土交通省のガイドラインは住居用物件を対象にしたものでしたが、過去の裁判ではこのガイドラインに則って、普通の傷や汚れ、経年劣化を貸主負担にした事例もあります。

そうならないようにするには、契約書に以下の旨を記載した特約が必要です。

・借主(契約書では通常「乙」)は、借りた後に設置したものを退去時にすべて撤去する。
・壁や天井、床を原状回復する(借りる前の状態にする)。
・これらはすべて借主の費用負担で行う。

ここまで明記して、初めて原状回復が借主の義務であり、100%の費用負担となります。

原状回復のトラブルを避けるために

では、貸主が原状回復のトラブルを避けるには、何をすればいいのでしょうか。

入居してすぐにやっておくべきこと

借主と取り交わす契約書には、退去時の原状回復について詳しく明記しておきましょう。できれば、100%借主の負担にしておくほうが、後々面倒がありません。

貸主側で原状回復を行う業者を選定する場合は、費用の目安を記載しておくと親切です。原状回復の相場は、50坪以下で坪3~5万円、50坪を超えると坪5~10万円といわれており、借りている面積が広いほど高額になります。

あらかじめ費用の目安を知らせておけば、退去時に「借主が原状回復の費用を捻出できない」といったトラブルを防げるでしょう。保証金や敷金で清算する場合も、その旨を記載しておきます。

また、原状回復の程度については双方で認識のずれが生じやすいため、借りる前の状態を写真で残すなどして、互いに共有するのが大事です。

退去する際にやっておくべきこと

借主から退去の申し出があったら、損傷の確認に立ち会いましょう。損傷部分を写真などで記録したり、書面に残しておくようにしたりすると安心です。

次に、原状回復するためのスケジュールを確定します。あまりにも直前では業者を確保できないかもしれませんし、物件によっては作業できる時間帯が限られるかもしれません。次のテナントを速やかに入れるためにも、余裕のある日程を組むと安心です。

貸主側で業者を指定する場合は、あらかじめ現地調査を行って見積もりを作成します。そこで借主側から異議があれば話し合いとなりますが、契約書に明記している限り、社会通念上適切であれば、それに従うのが原則です。

同意に至れば原状回復を行い、費用を清算します。何らかの理由で居抜きにしたいときは、あらためて話し合うと良いでしょう。借主にとっても負担を軽減できるので、応じてくれるはずです。

こうした一連の業務を貸主がすべて対応するのは大変ですし、不備によってトラブルに発展する恐れもあります。やはり、そういったことは専門家に任せるのがおすすめです。多くの管理会社では、これらの業務を代行してくれます。

タープ不動産情報では、豊富なノウハウと知識によって、原状回復にともなうトラブルを解決した実績が豊富です。ときには専門家と連携して、貸主側の負担を軽減します。

事業用物件の原状回復でお悩みの際は、ぜひご相談ください。

まとめ

事業用の物件は借主側に100%の原状回復義務があります。ただし、確実に実行してもらうには、契約書に特約事項として明記しなければいけません。契約時に、どこまで原状回復するのか、どれくらいの費用がかかるのか、双方が納得できるまで話し合いましょう。